東京理科大学大学院理学研究科化学専攻の手島涼太氏(2023年度修士課程2年)、同大学理学部第一部応用化学科の大澤重仁助教(発表当時、現 東京女子医科大学先端生命医科学研究所特任助教)、大塚英典教授、同大学薬学部薬学科の吉河美季氏(2022年度卒業)、河野弥生客員准教授、花輪剛久教授の研究グループは、海藻の成分であるアルギン酸塩と炭酸カルシウム(CaCO3)の混合水溶液に炭酸水を加えるという簡便な合成法により、低接着性かつ低膨潤性の創傷治療用ゲルを開発することに成功した。また、今回開発したゲルが高い創傷治癒効果を有すると同時に、臨床使用されているゲルで生じる創傷部の一時的な拡張を防げることを実証した。
ハイドロゲルとは、高分子が架橋により3次元の網目構造を形成し、その網目内に水を多く含んだ材料のことで、医療素材としての用途が期待されている。近年、これらを用いた創傷治療に注目が集まっており、ハイドロゲルで創傷部を覆うことで治癒が促進されることが分かってきた。以前より、これら創傷治療用ゲルの設計には、皮膚の動きに追従できる「接着性」と体液を吸収できる「膨潤性」が必要であると考えられていた。
しかしながら、ハイドロゲルが創傷部に対して強く接着した状態で滲出液を吸収すると、その膨潤とともに創傷部が拡張してしまう危険性が考えられる。そこで、本研究グループはハイドロゲルの接着性・膨潤性と創傷部の拡張について相関性を明らかにし、創傷部に優しく、より高い機能を有する創傷治療用ゲルの開発研究を進めてきた。
本研究では、海藻の成分であるアルギン酸塩とCaCO3の混合水溶液に炭酸水を加えることで、低環境負荷、低接着性、低膨潤性を有するハイドロゲルの合成に成功した。また、使用するCaCO3の濃度を調節することで、透明度、ゲル化時間、架橋度を調整できるため、使用時の用途に合わせてゲルの物性を制御できることも明らかにした。さらに、創傷モデルマウスを用いた動物実験により、本研究で開発したゲルが臨床使用されているゲルで引き起こされる傷口の拡張を抑制することを実証した。
本研究をさらに発展させることで、新たな創傷治療用のゲル材料としての実用が期待される。また、本研究で使用されたアルギン酸塩は海岸に漂着した海藻から抽出されたものあり、廃棄材料を再利用して高機能材料を合成する道筋を示したという観点から、環境問題などSDGsの達成への貢献が大きく期待される。